サルビアホール クァルテット・シリーズ第26回

先週の金曜日に鶴見に降り立ったばかりなのに、昨日はまたまたサルビアホールへ。7日間で2回というハイペースなSQSです。もちろん今回だけの特例で、団体のスケジュールの都合。シマノフスキQもまだ日本の何処かを回っていると思います。
ということで、昨日はロシアの若手によって2000年に結成されたアトリウム・クァルテット。プログラムは以下のロシア傑作集でした。

ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第1番
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第9番
     ~休憩~
チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第3番

最初に彼らのプロフィールから。メンバーは、ファーストがアレクセイ・ナウメンコ、セカンドがアントン・イリューニン、ヴィオラをドミトリー・ピツルコ、チェロはアンナ・ゴレロヴァの面々。チェロ以外はイケメン男性という構成です。アンナは背が高く、ハイヒールを履かなくともファーストに続く身長たったと思います。加えて中々の美形。
設立してから13年、未だメンバーの交替は無いようです。前回のシマノフスキが大阪でブレイクしたのに対し、アトリウムはロンドンから国際舞台に躍り出た団体。2003年のロンドンに続き、2007年にはボルドー国際コンクールにも優勝して、三大コンクールのうち二つを制したという今旬のクァルテットですネ。
今回が2009年、2011年に続く3回目の来日ですが、不覚にも私は今回が初体験。CDも聴いていないので、全く白紙の状態でこの日を迎えました。

聴き終えて一言。室内楽ファンならずとも、アトリウムを聴かなければ終生悔いを残すことになりますよ、ということでしょうか。チョッと次元が違う団体と言う印象です。
このあと新潟、上野で演奏会が残っていますから、未だの方は是非出掛けるように。事前の予習には彼らのホームページが最適。メディアのタグをクリックすれば、2009年初来日の時の王子ホール(NHKで放映されたもの)でのストラヴィンスキーを全曲聴くことが出来ます。またショスタコーヴィチも全曲サワリだけ聴くことも可能。

http://www.atriumquartet.com/

今回の日本ツアーは、武蔵野と新潟でのショスタコーヴィチ・マラソン、上野でのチャイコフスキー全曲演奏会がメインです。なお、上野はNHKが録音して後日放送される予定の由。
既に武蔵野でショスタコーヴィチ全曲を聴かれた方もあるでしょう。午前11時に開始され、夜9時40分終演だったはず。そもそも一日でショスタコーヴィチを全部演っちゃう、というのが信じられません。このマラソンは日本が最初じゃないようですが、試み自体は彼らが世界初だそうです。
このショスタコーヴィチはもちろんですが、チャイコフスキー全曲もアトリウムにとってはチャレンジ。その辺りの意気込みに付いては月刊ぶらあぼにも紹介されていました。

さて昨日の印象。メンバーの並び方は、先日のシマノフスキと同じで、左から順にファースト→セカンド→ヴィオラ→チェロとオーソドックスなもの。並びについては先般サントリーでキュッヒル氏が私見を披露したと聞いていますが、それとは別の配置です。
冒頭のショスタコーヴィチ1番。最初の楽章からして“速ッ”という感想。確か1番は作曲家が第5交響曲で復権した直後に書かれたもので、それまでのストレスを発散するために着手し、後に弦楽四重奏という分野が作曲の中心になるとは意識していなかったはずのもの。自身で「春」と名付けたい、と告白していたと記憶します。
これまでナマでも何度か接してきた1番ですが、今回の演奏は「春」というイメージからは最も遠かったように感じられました。

特に速さに目が眩む思いだったのが、第3楽章。ここの指定は Allegro molto ですが、彼等のは Presto と言って良いでしょう。練習番号35からの楽句、これまでは子守歌のように聴いていましたが、アトリウムのアプローチからはそんなほのぼのとした雰囲気は感じられません。
第6交響曲のフィナーレを連想させる第4楽章も一気呵成に弾き切る。最初から強烈なパンチを食らった感じがしました。

続く第9番は、更に輪を掛けたようなスピード感と緊迫感に満ちたもの。これは5楽章とは言っても全体が通して演奏される単一楽章の作品。複雑に絡み合うテーマも、5つの部分に万遍なく登場する極めてシンフォニックな構造を持っています。
彼等の演奏もそれを意識してのことでしょう、室内楽のインティメートな楽しみを超え、聴き手にシンフォニックな厚みでグイグイと迫るのでした。
ここも例を一つ挙げれば、第3部でしょう。A・B・Aの三部形式と見れば、Bの冒頭、即ち練習番号37から始まるファーストのハイ・ポジションで奏される小唄風メロディー。私はここが懐かしくて大好きなのですが、彼らのアプローチは良く歌いながらもセンチメンタリズムは皆無。聴き慣れた歌い回しとは全く違った印象に戸惑うほど。

完璧なテクニックと、鬼気迫る迫力は圧巻で、第5部81から始まるフーガ風ストレッタは手に汗を握る凄み。遂にヴァイオリンとヴィオラがトレモロに流れ込み、チェロが気迫の籠ったレシタティーヴォを奏する様は、恰も巫女が神罹ったかのよう。
この箇所で私は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の生贄の場面を連想してしまいました。ロシアの大地に響く大自然の咆哮とでも言うような。

鶴見で弾いたショスタコーヴィチの2曲は、共に大音量で終わる作品。実は彼のクァルテットは半分以上が静かに閉じられるもので、フォルテで終わるものは他には2番、12番、13番だけでしょう。特にカッコ良く終わるのが1番と9番。
このプログラム、前半が終わったところで大きく溜息を吐きます。普段私は休憩時間でも席を立たない習慣ですが、この夜ばかりは思わずロビーで一息入れてしまいました。

後半はチャイコフスキーの大作。3曲ある弦楽四重奏では最も難しいもの、というのがアトリウムの見解で、実際それに相応しい堂々たる構築力で唸らせました。これにはケチの付けようもありません。参りました!!

何と言っても白眉は第3楽章の葬送行進曲でしょう。信じ難いことに、私的初演のあとチャイコフスキーはこの作品に自信を失っていたそうですが、公式初演の後で気を取り直したそうな。それも第3楽章が聴き手に与えた感動が切っ掛けだったと伝わっています。
アトリウムの、完全にチャイコフスキーを自家薬篭中の物とした解釈。情感を一杯に湛えつつも、冷静な楽曲把握は流石でした。特に、ロシア正教パニヒダの聖歌引用のくぐもった音色は別世界から響いてくるよう。この楽章はフォン・メック夫人ならずとも涙無しには聴けないでしょうね。
練習番号100からの葬送首題の回帰。ここを支えるチェロのリズム・オスティナートは、ゴレロヴァの野太い音色が床を鳴らし、遂にはホール全体が共鳴板と化すほどに圧倒的な感銘を与えてくれました。

アンコールは今回も2曲。最初にピアソラのリベル・タンゴで会場を驚かせ、最後は又もショスタコーヴィチのポルカで聴き手を大いに沸かせました。

今回はロシアの2大巨匠に的を絞ったプログラムでしたが、現在はベルリンを本拠にする彼ら。もちろんドイツ音楽にも研鑽を積んでいます。一年おきに日本ツアーを行ってきましたから、次回は2015年でしょうか。多分その時はベートーヴェン・マラソンでしょうね。だとすれば、会場はあそこかな? 楽しみに待ちましょう。

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