復刻版・読響聴きどころ(20)

2007年10月定期は、正指揮者の下野が拘っているヒンデミット・プロジェクトの1回目でした。下野の拘りはヒンデミットの代表作を取り上げるということではなく、どうやらレアな作品を演奏したい様子。
当方としては楽譜を入手するのに苦労しました。ヌシュ・ヌシもその一つでしたね。

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10月定期は、正指揮者・下野竜也渾身のプログラム。《下野竜也プロデュース・ヒンデミットⅠ》というキャッチコピーが付いています。ヒンデミット・シリーズの第1回ですが、今回はシュレーカーと細川俊夫への読売日響45周年記念委嘱作品が同時に世界初演されます。プログラムは、

ヒンデミット/歌劇「ヌシュ・ヌシ」から舞曲
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」
シュレーカー/組曲「王女の誕生日」
細川俊夫/オーケストラのための「ダンス・イマジネール」

となっています。個々の聴きどころに入る前に、ヒンデミットとシュレーカーのつながりに触れておきましょう。
作曲家の略歴や作品の経緯などはプログラムに譲りますが、二人の関係について簡単な年譜を書き出しますと、

1878年3月23日 シュレーカー、モナコに生まれる
1895年11月16日 ヒンデミット、ハーナウに生まれる
1908年 シュレーカーのバレエ「王女の誕生日」初演
1920年 シュレーカー、ベルリン音楽大学校長兼作曲科教授就任
1921年 ヒンデミットの歌劇「ヌシュ・ヌシ」初演
1923年 シュレーカー、「王女の誕生日」大管弦楽版初演
1927年 ヒンデミット、ベルリン音楽大学作曲科教授就任
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1932年 シュレーカー、ベルリンの校長職を解かれる
1933年 シュレーカー、ベルリンの教授職も剥奪される
1933年 ヒトラー、政権を握る
1934年3月11日 ヒンデミットの交響曲「画家マチス」初演
1934年3月21日 シュレーカー、ベルリンで死去

ご覧のように、**で区切った年号を境に、二人の運命はナチス政権に翻弄されていくのですね。
交響曲「画家マチス」の初演の僅か10日後にシュレーカーが息を引き取ったのが如何にも暗示的に思えてしまいます。誕生日の二日前のことでした。

今回のプログラムにヒンデミットとシュレーカーが並べられているのは、偶然とは思えません。明らかに彼らの運命に光を当て、改めて二人の作曲家が伝えようとしたメッセージを聴いてもらうという意図が篭められているように感じます。正に下野氏、渾身のプログラミングではないでしょうか。

さて順序どおりヒンデミットから。
歌劇「ヌシュ・ヌシ」はヒンデミットの初期の作品、ビルマの人形劇(マリオネット)を題材にした1幕もののオペラですね。
ビルマは現在のミャンマー、ここでは政治的な話はしません。今回演奏される舞曲は、オペラの中のバレエ曲のようです。これまで日本で演奏された記録は見当たりませんでした。

オーケストラ編成は次のようなもので、
ピッコロ、フルート、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、ESクラリネット、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、コントラ・ファゴット、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器6、ハープ、チェレスタ、弦5部。打楽器はトライアングル、ゴング、シンバル、タンバリン、小太鼓、大太鼓、ムチ、グロッケンシュピール、シロフォンとなっています。

演奏時間は9分ほどの短い舞曲です。内容はかなりエロティックな要素を含んでいるそうですが、詳しいことはプログラムを読みましょうか。大きく分けて三つの部分になるようです。

最初は弱音器を付けた弦楽合奏の速く、細かい動きで始まります。何か昆虫が大群で蠢いているような感じ。
突然、トライアングルとタンバリンに乗って、ヴァイオリン・ソロがエキゾチックな踊りを始めます。ビルマ風マリオネットの世界でしょうか。この踊りは次第に膨らみ、オーケストラも様々な響きを創り出します。ホルンのゲシュトップフ奏法、弦楽器のコル・レーニョ奏法(弓の木の部分で楽器を叩く)、シロフォンやムチの音。ここは2拍子と3拍子が交互に現れるので、一層異国的な雰囲気が漂います。

音楽が更に幅広い部分に差し掛かると、一旦弱まったオーケストラが再び力を蓄え、最後のマーチ風音楽に突入します。マーチと言っても3拍子系。シロフォンのソロが目立ったあと、オーケストラ全体が高笑いするようなトリルを奏で、打楽器の ffff が全曲を断ち切ったところでお終い。コンサート開始のオーケストラ腕試し的なピースでしょうか。

続いて有名な交響曲「画家マチス」。これも作曲の経緯や「ヒンデミット事件」についてはプログラムを。これは同名の歌劇から編んだ交響曲で、オペラより先にフルトヴェングラー/ベルリン・フィルによって初演されています。

オペラは芸術と政治の間で苦悩する画家マチス・グリューネワルトの生涯を描いたもの。(アンリ・マチスじゃありません)
ヒンデミット自身の政治的立場と重ね合わされ、マチスこそヒンデミットの自画像、という解釈もあるようです。

日本初演は恐らく次のもの。
1936年6月24日 日比谷公会堂 斎藤秀雄指揮・新交響楽団(現N響)。ベルリン初演から僅か2年3ヵ月後、というのは如何にも敏感ですね。

オーケストラ編成は、
フルート2(2番奏者ピッコロも持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3、弦5部。打楽器は、グロッケンシュピール、大太鼓、カスタネット、小太鼓、トライアングル、シンバルです。

全体は3楽章で25分程ですが、第3楽章が最も長く、全体の半分を占めています。

聴きどころは沢山あります。オペラの深刻さより交響曲としての面白さが目立つように思うのですが、皆様は如何ですか。
3楽章夫々がマチスの画から題材を取っています。

第1楽章「天使の合奏」は、始まって直ぐに3本のトロンボーンのユニゾンがドイツ民謡「3人の天使が歌う」を演奏します。これがホルン、トランペットにと3度繰り返されます。
これが後半で(練習番号16から)もう一度繰り返されますが、民謡主題が3拍子なのに対し、他のパートが2拍子で進行するという、指揮者にとっては難所だと思います。

第2楽章「埋葬」は葬送行進曲のようです。全体は短い3部形式。中間部、ヴァイオリンのピチカートに乗って歌うオーボエの美しいメロディーが聴きどころですね。
クライマックスでシンバルが鳴った後、旋律がクラリネットからフルートに受け継がれていく場面の静謐な感じも印象に残るでしょう。

そして第3楽章「聖アントニウスの誘惑」。ここは次々と聴きどころが出てきます。
最初の弦楽器のユニゾンで始まるレシタティーヴォは、全体がルバートで拍子がなく、指揮者がどのように振るかに注目が集まります。これを打楽器のトレモロが打ち消していく所も迫力がありますね。
主部は非常に推進力に溢れたアレグロですが、全奏の和音に続いてフルート1本のソロが太刀打ちする所があります。レ-ファ-ラ、と3度づつ上がっていくのですが、フルートの音色に耳を澄ましましょう。

やがてヴァイオリンのトレモロが残って、ゆったりした音楽に変わります。ここは弦楽器の分奏で構成されているのですが、最大で9声部にまで広がります。
この部分の出だし、ヴァイオリンに上行6度が出ますが、思わず「トリスタン」が始まったのか、と思うほど、私はいつもドキッとしてしまいます。

音楽は再び勢いを取り戻しますが、遂には極めて速い動きになり、木管の合奏でグレゴリオ聖歌“Lauda Sion Salvatorem”が出てきます。大変に感動的な場面ですね。
ここで面白いのは、バックで吹かれるホルン。4小節単位のフレーズが何度も繰り返されます。合計13回。つまり4×13=52小節。13回というのも意味があるように思えてしまいます。
このホルン、最初は1番奏者のソロですが、3回目から2番奏者、7回目から3番奏者、12回目から4番奏者という具合に音量を増していきます。音だけでなく、視覚的にも見所になるのじゃないでしょうか。

そして大詰めは金管合奏によるアレルヤ。ここでの3拍子と2拍子の交替、3連音符の多用は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」の最後を連想させます。思えばどちらも絵画を題材にした音楽。私だけの妄想かも知れませんが。

ということで一旦切り、シュレーカーに続けます。

     *****

シュレーカーのバレエ「王女の誕生日」は、オスカー・ワイルドの短編小説が題材になっています。同じ題材によるツェムリンスキーの歌劇「こびと」が間もなく琵琶湖ホールで上演されますが、二つを聴き比べるのも面白いのじゃないでしょうか。
ツェムリンスキーのオペラの台本はシューレーカーが書いたと記憶していますが、根拠になる資料が見当たりません。あるいは思い違いかも知れません。

さて「王女の誕生日」は1908年6月27日に初演されます。グスタフ・クリムトを中心にした芸術サークルの催しだったそうですね。エルザ・ヴィーゼンタールの王女を、その妹グレーテ・ヴィーゼンタールが小人を演じ、かなりエロティックなバレエだったようです。ヒンデミットのヌシュ・ヌシと共通する点でしょうか。

この作品は室内オーケストラを用いたものでしたが、その後大編成の管弦楽用に編曲され、1923年にウィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団によって初演されました。
今回、読売日響が取り上げるのは1923年の大編成版とのことです。

日本初演は見当たりませんでした。今回が初演なのかもしれませんが、チラシなどに記載されていないところを見ると、どこかで既に取り上げられているのかもしれません。

オーケストラ編成は、
フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、コントラ・ファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器多数、ハープ2、チェレスタ、ギター2、マンドリン4、弦5部。打楽器の詳細は不明ですが、8種類の楽器を3人が担当するように読めます(ユニヴァーサル社のカタログ)。
ギターとマンドリン、マーラーも使っていますが、やはりオーケストラに使われるのは珍しいと思います。

さて、この作品のスコアは手に入りません。実は2002年に出版されたオリジナルの形を再現した室内管弦楽版スコアが手元にあるのですが、室内版は演奏時間が32分ほどと長くなっています。それに対し1923年版は20分。音楽の分量は減っていますし、オーケストレーションも大幅に異なっていますから、聴きどころとしてそのまま引用するわけにはいかないようです。

録音はシュレーカー自身が1925年/ポリドール、1926年/パルロフォンと2度行っていますが、市販された形跡はありません。現在はツァグロセクが振ったデッカ盤がありますので、これを参考にしました。

全体は6曲に分かれていますが、切れ目なく続く部分も多く、全体で1曲と見て良いでしょう。

第1曲は「ロンド」、短いものですが耳に馴染みやすいメロディーが奏され、直ぐに第2曲の「行進と遊戯」に入ります。
少しテンポが落ち、行進が演奏されると、ホルンを合図に遊戯に続きます。これも2分ほどで第3曲。
第3曲は「マリオネット」。オーボエがハ長調で美しいメロディーを吹きますから直ぐに判るでしょう。ゆったりしたアンダンティーノ。ここまで一気に進みます。

第4曲は「子供のメヌエットとこびとの踊り」。メヌエットはまるでバロック音楽の舞曲のようで、トリオを挟んでメヌエットが繰り返されます。音楽が騒がしくなり、チョッとストラヴィンスキーのぺトルーシュカを連想させる場面がありますが、これがこびとの踊りでしょうか。

第5曲はそのこびとの踊りが3曲続きます。この組曲で最も長く、5分ほど。3曲とは、①春の風とともに ②畑の上の青いサンダル ③秋の赤い服の中で
①はマンドリンも登場する軽やかなワルツ、②はハープが活躍する動きの速い音楽、③は聴きもの。ティンパニの連打に誘われてオーケストラに“ドレドソ・ファミドー・ドレミド・ラドーー”という平明な旋律が出ます。最初はト長調、2度目はへ長調。鼻歌で歌えるような覚えやすいメロディーです。

最後の第6曲は「王女のバラと夜の調べ」。王女のバラは8分の6拍子のゆったりした音楽。そのままチェロのソロが登場するところから夜の調べに入ります。美しいチェロ・ソロを引き継いでハープが密やかに鳴る内、全曲が静かに閉じられます。

実は夜の調べの音楽は1908年版には出てきません。組曲用に特別に書いたものでしょうか。1908年版はこのあと前出の音楽が再登場し、最後は大きな音量で閉じられます。終結には2つの版がありまして、指揮者によって選択できるようになっているのですね。

以上、シュレーカーの音楽はメロディーが豊かで、色彩感に溢れ、決してとっつき難い音楽ではありません。気軽に楽しみましょう。

あともう少し書き込みます。チョッと時間をください。

     *****

今、読売日響から帰ってきたところで、続きをやります。
もう一人の作曲家、最後の作品は細川俊夫の新作、オーケストラのための「ダンス・イマジネール」です。

しかしこれは新作ですから、聴きどころは書きようもありません。誰も聴いたことがないのですから。

それでも作品のタイトルから想像するに、今回はヒンデミットとシュレーカーのバレエ作品によるコンサート。細川氏としてもプログラムのバランスを考えての作曲なのではないでしょうか。事前に配布されているチラシにも、“実際に振り付けされて、舞われることも可能な音楽である”と書かれています。

ところで細川俊夫は、ヒンデミット同様、ショット出版社の「特集作曲家」でもあります。ヒンデミットと細川の共通点。海外の楽譜出版社は大変にホームページが充実していまして、並みの解説書を読むより、こうしたホームページをネット検索で探している方が遥かに豊富な情報が得られます。

日本の作曲家の多くが海外の出版社から作品を出版しています。日本の出版社は何をしているのだ、と言いたくもなるのですが、音楽出版は、わが国音楽界で最も遅れている分野の一つではないでしょうか。
今回の新作も、いずれショット社から出版されることでしょう。

ここではショット社のホームページに記載されている細川俊夫を紹介することで、聴きどころとしておきましょう。そのページは以下です。

http://www.schott-music.com/shop/artists/1/9153/

Works にカーソルを合わせ、売譜をクリックすると細川作品リストが3ページに亘って出てきます。その1ページ目の下の方、In die Tiefe der Zeit という作品名をクリックして下さい。中程より下にスピーカー・マークが見えますね。これをクリックしてページが変わったら、その上部にあるスピーカー・マークをクリックすると、この曲のサンプルが聴けます。
細川作品の一例を聴いて、今回の新作の参考にしてみては如何でしょうか。

他にも Performance をクリックすると、過去の演奏暦や今後の予定も出てきますし、どの作品でも楽器編成、演奏時間、初演情報が表示されています。
私など、こうしたサイトで1日中遊んでしまう位、奥の深いサイトですね。

ヒンデミット関係では、こんなのは如何でしょう。

http://www.schott-music.com/shop/resources/591421.jpg

交響曲「画家マチス」の題材になったマチスの絵画ですね。左から2番目が第1楽章、下が第2楽章、右端が第3楽章の画です。画をクリックすると拡大して見る事が出来ますし、画質も優れていますね。
これもショットのホームページから辿り着ける情報です。

また今回のコンサートは、ショットのホームページにも記載さています。それはこれ。

http://www.schott-music.com/autoren/Termine/show,16192,152686.html

ヌシュ・ヌシ舞曲集もクリックしてみて下さい。いろいろ遊べるでしょ。

ということで10月定期の聴きどころは取り敢えず終わりと致します。

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CD情報を一つ。ナクソスから細川作品がリリースされます。「循環する海」、準メルクルの指揮。
ナクソスは若干高くなるようですが、他に比べれば買い易いですし、録音も演奏の質も高くなっています。細川ワールドの一端として紹介する次第。

http://www.hmv.co.jp/news/article/710040003

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