今日の1枚(195)

昨日は録音されたばかりの最新CDを楽しみましたから、今日は一転、恐らく録音史上最も古いと思われる音源にチャレンジしてみました。
先日の「再生音楽の楽しみ」との関連で、ドキュメント・レーベル Documents から出ている「大作曲家達のピアノによる自作自演集」の第2集。これは全部で10集まで出ているシリーズで、その中から選んだ1枚です。
内容は、

①ブラームス/ハンガリー舞曲集
②マーラー/さすらう若人の歌~第2番「今日の朝、野原を行くと」(ピアノ編)
③マーラー/若き日の歌~第2番「私は緑の森を楽しく歩いた」(ピアノ編)
④マーラー/交響曲第4番~第4楽章(ピアノ編)
⑤マーラー/交響曲第5番~第1楽章(ピアノ編)
⑥レーガー/5つのユモレスク作品20~第5番
⑦レーガー/私の日記 作品82第1集~第3・5・6・10・11曲
⑧レーガー/6つの間奏曲 作品45~第5番
⑨ヒンデミット/トッカータ
⑩エドゥアルト・エルトマン/フォックストロット ハ長調

全て作曲家が自作自演したもので、ブラームスやマーラーの演奏が聴けるのが驚きです。これもブックレットが無いので、一部想像でコメントすることにしました。

①は1889年の録音で、明らかにラッパの前で演奏したものを蝋管に直接刻み込んだものでしょう、トーマス・エジソンが「録音機」を発明したお祝いにブラームスが一言喋ってからピアノを弾いたという曰く付の録音。
聴いてみると、確かに人から始まりますが、これがブラームスの肉声だとすれば、かなり高い声なのが意外。続くピアノは何を弾いているのか、何度聴いても判りませんでした。知人によるとハンガリー舞曲の第1番だそうですが、曲名も定かではないほど聴くに堪えない音質です。

続いて②から⑧までは全て1905年の録音で、①を聴いた後では音がクリアーなことに驚かされます。種明かしは自動ピアノ。
自動ピアノはラジオや蓄音機が出現する以前に開発された自動演奏装置で、ピアノの正面に吸い口が並んでいて、これに紙製のロールをセットし、空気の力でアクションを作動して音を出す仕組み。電気は一切使いません。
初期はロールに専門の職人が穴をあけていましたが、後にはピアニストの演奏をそのまま記録できる装置が開発され、本CDで聴けるような過去の大作曲家の自作自演が実現したわけですね。

ということで、何と言ってもマーラーが興味津々ですが、1905年当時の自動ピアノは未だ幼稚なもので、タッチによる強弱や演奏上のニュアンスは全くと言って良いほど出来ないもの。恐らくドイツ人のエドウィン・ヴェルテが開発した自動ピアノによる演奏と思われます。
マーラーが演奏したものは4曲で、特に二つの交響曲は夫々の楽章をカットなく完全に演奏したものなので貴重です。第4は6分半ほど、第5は13分弱で、どちらも現代の演奏より速いテンポで弾かれていました。
但し当時の自動ピアノの制約から、演奏自体は極めてノッペリとして退屈、実際にマーラーがこんな無表情なピアノを弾いたとは思われません。それはレーガーについても同じです。

これに比べると、⑨は1926年の録音ということで遥かに強弱やニュアンスに進化が感じられます。自動ピアノと言ってもスタインウェイやべヒシュタインも手掛けたほどで、1926年にはそのべヒシュタインが大型グランドを作製したという記録が残っています。
ヒンデミットの演奏は、恐らくこの装置を使って録音したものではないでしょうか。
自動ピアノが独自の発展をしていた頃、蓄音機の音質は更に酷いもので、1926年の時点で自動ピアノは蓄音機を遥かに上回る優れた再生装置でした。従って、演奏を残すに当たっては蓄音機方式を拒否し、自動ピアノを選んだ大演奏家も多くいた由。伝説のピアニストであるレシェテツキはその一人です。名演奏家や大作曲家が残したロールは1万本以上あるということですから、この種の音源はこれからも出てくることでしょう。

最後の⑩は1928年の録音で、これは明らかに蓄音機のために演奏されたものだと思います。SPから復刻したと思えるノイズの中からピアノが聴こえてきました。
純粋に音質だけを見れば明らかに自動ピアノの方が上ですが、このエルトマンは限界こそあるものの遥かに演奏上のニュアンスが聴き取れ、音楽的には勝っていることが判ります。1928年は確か電気録音が開始された年で、再生音楽の分野で遂に自動ピアノを音楽的に逆転した記念の年でもありました。
これらが一堂に聴ける当CD、作品はほとんどが馴染無いものですが、結構楽しめました。

最後に未知の作曲家エルトマンについて。
Eduard Erdmann (1896-1958)はラトヴィアに生まれ、ハンブルクで死去し、ピアノの名手でもあったそうです。ナチにより要職を奪われ、戦後も忘れられた存在のまま世を去った不遇の作曲家。このCDに含まれた演奏もWERMには記載が無く、今回初めてその存在を知った次第。
交響曲は4曲あり、NMLでは3番と4番を聴くことが出来ます。

 

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