日本フィル・第331回横浜定期演奏会

超大型台風(ラン LAN)と歩調を合わせるように襲来したラザレフ台風、21日の横浜で猛威を奮いました。余りの凄さに言葉もありません。今回は横浜定期に続いて翌日もサントリーホールで名曲コンサートとして組まれている次のプログラム。

ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調作品77
     ~休憩~
チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 ヴァイオリン/ボリス・ベルキン
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/九鬼明子
 ソロ・チェロ/辻本玲

そう、前半のショスタコーヴィチは、先週京響/広上と聴いてきたばかりですし、後半のチャイコフスキーも以前に横浜定期で取り上げて以来2度目の遭遇です。
例によってオーケストラガイドから聞き始めますが、今回は奥田佳道氏。トークはラザレフとベルキンとの友情から。

氏によると、イスラエルに亡命したベルキンとロシア(当時のソ連)に残ったラザレフとは、モスクワ音楽院の学生時代からの友達だったそうな。ラザレフの方が数年年長ですが、当時の音楽院で学生オーケストラのコンサートマスターを務めていたのがベルキンで、それを指揮していたのがラザレフ。モスクワと東ベルリンは友好都市の関係で、このコンビは何度も東ベルリンで演奏会を開いたそうな。多くの演奏作品の中で、最も受けたのがモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークだったとは、意外や意外であります。
ベルキン亡命後二人の関係は途絶えたかと言うと然に非ず、ラザレフは長年イギリスのオーケストラで主要なポストに就いていましたから、その間にベルキンとの共演もあったそうです。ラザレフによれば遠い昔のことで何を演奏したかは覚えていないとのことですが・・・。

その二人が去年、偶然に東京で再会。ラザレフはもちろん日フィルの指揮で来日中で、ベルキンは仙台のコンクールで審査員を務めるために訪日、偶々二人共サントリーホール近くのホテルに宿をとっていたとのこと。その時に“また一緒にやりたいね”ということになり、急速に今回の公演が決まったということでした。奥田先生、これで間違いないですよね。
ショスタコーヴィチを介してベルキンとラザレフ、更にはベルキンと長く友情関係にある広上淳一を加えたトロイカは、日本フィルと言う器を通して深い縁に結ばれているということでもありましょう。私は広上/ベルキン版のショスタコーヴィチ第1協奏曲を聴いてきたばかり、昨日はラザレフ/ベルキン版の同曲を聴くという機会に恵まれ、これ以上無い贅沢な日々を過ごしたことにもなりました。世界最高のショスタコーヴィチを二度も聴けるとは。

そのショスタコーヴィチ、比較は野暮と言うもの。夫々に素晴らしいアンサンブルで、東西のオーケストラも持てる実力を十二分に発揮、圧倒的な時間を楽しみました。
横浜では最後の最後で指揮者の譜面台が崩壊してスコアが落下するというアクシデントがありましたが、最後の1秒まで徹底的にリハーサルで絞り込んだショスタコーヴィチ。これに動ずることは一切なく、最後も寸分違わぬアンサンブルでビシッと決まりました。
この大曲、京都と同様にソリストのアンコールはありません。因みにベルキンは2種類の楽器を作品によって使い分けているそうですが、ショスタコーヴィチは京都も横浜も1754年製のガダニーニだったとのこと。横浜のプログラムにはロベルト・レガッツィと表記されていましたが、これは誤りでしょう。(京都のプログラムはガダニーニでした)

後半は悲愴。今回も前回に負けず劣らず圧倒的な感銘を受けましたが、前回の感想も残してあります。基本的には同じ解釈、ラザレフにブレはありませんので、引用しちゃいましょう。

日本フィル・第277回横浜定期演奏会

ということで特に付け加えることもありませんが、前回は書かなかったことをいくつか。
先ず第3楽章ですが、ラザレフのテンポが実際以上に速く感じられるのは、マエストロが1小節を4つに振り続けるからでしようか。この煽るような4拍子に、空手チョップが何回繰り出されたことか。
ずっと指揮に注目していましたが、このマーチで二つ振りに落ち着いたのは練習記号CCからの6小節だけ。次のDDからは再び四つ振りにヒートアップすると、後はラストまで一気に突っ走ります。聴いていた私は思わず拳を握りしめ、この間は息もしていなかったのでは・・・。それほどに壮絶な第3楽章でした。

最後のフィナーレも、ラザレフは基本的に六つ振りです。見ていると忙しくも感じられましょうが、これぞラザレフのチャイコフスキー。これは諦念に打ちひしがれたチャイコフスキーではなく、生きるための壮絶な戦いに挑むチャイコフスキー、とでも表現しましょうか。
前回もドラの一打にラザレフ・スペシャルを見ましたが、今回はドラに続いてティンパニーがトレモロで弱音をクレッシェンドさせ、更にディミニュエンドさせるという荒業も。毎回の発見と驚き、繰り返しますが、ラザレフを聴かずして悲愴を語ること勿れ。
全曲を締め括るチェロとコントラバスの喘ぎ、ここでマエストロは指揮台を降り、pppp の弱音がホールに減衰した後も指揮を止めません。敢えて数えてみましたが、少なくとも7小節間に亘ってラザレフの両手が無音の空間を漂っていたのでした。

前回はアンコールを遠慮したラザレフ、今回はチャイコフスキーのモーツァルティアーナ第3楽章の祈り Preghiera をプレゼントしてくれました。モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」をリストがピアノ独奏用にアレンジし、それを更にチャイコフスキーがオーケストレーションしたもの。
そう言えば同じアンコールを、先月広上/京響が東京公演でアンコールしています。ここにもまた、ラザレフ/日フィル、広上/京響の不思議な繋がりが生まれたのでした。

 

 

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