カテゴリー: 白柳秀湖

強者弱者(88)

クローバー  和蘭碎米菜(苜蓿)は明治の初め先ず東京市に移植せられ、鉄道工事の進捗と共に今や軌道の沿線到る処に其花を見んとす。春の初めより咲き初めて夏の半ばに至る。山村僻地の人は東京に出で、必ず一度は碎米菜に似て碎米菜にあらざる苜蓿の花に怪...

強者弱者(87)

碎米菜の花  碎米菜の花咲く。其毛氈を敷きつめたるやうに咲き出でたるを、高きに登りて俯瞰したるはよし。菜の花の黄、麦の緑と相点綴して自然の配合最も妙なり。森の下蔭に菫、蛇苺、きんぽうげなどと交りてまだらに咲き出でたるもよし。碎米菜の葉は緑の...

強者弱者(86)

甘茶  八日 釈迦降誕祭、涅槃会にくらべてものみな陽気に華やかなり。花にて釈尊の像を囲み、頂より、甘茶を灌ぐこと、鄙も都も同じならはしなり。釈迦の降誕祭に就いて、思い出づるは草餅の味、新菊の香なり。新菊はひたしによく、鯛、ふぐ、虎魚のチリな...

強者弱者(85)

汐干狩  汐干狩、小娘の干潟に興じあへるさまを見て、『自然の無尽蔵より人の子の盗み得る少許の獲もの』といへる詩のこゝろを偲び出でたるもをかし。此頃、冴え返りて寒さ身に沁むことあり。若き女の紅鶴色の肌衣に白き脛のあたりを見せたるはなまめかしけ...

強者弱者(84)

小金井の花  東京近郊の花は小金井に尽きたり。小金井は四月中旬を見頃とす。甲武線を境に下車し、玉川水道に沿うて国分寺に至る。両岸の桜樹鬱然として老いたり。樹間に簀子茶店を設く。敦厚純朴の気愛すべし。春竜胆の花を売る。樹下隴上を行く。芳草離々...

強者弱者(83)

下町の女  女あり。大江戸の家幾代、下町に育ちて山の手を知らず。人に嫁ぎて初めて四ツ谷の花を見る。丸髷の人、年三十を過ぎたるもうれし。           ********** 特にコメントのしようもない文章。特定の女(ひと)にでも想いを寄...

強者弱者(82)

清水谷の花  花は九段にもあり。浅草にもあり。其他学校官衙の庭園はいはずもあれ、東京市中凡そ神社といふ神社、仏閣といふ仏閣にして此花を植えざるものなし。陽春四月高きに登りて俯瞰すれば東京は実にこれ一大桜花園なり。唯其中に在りて余の忘れ難き印...

強者弱者(81)

桜花  東京の桜は三月の末、上野公園清水堂の池に面したる老樹より咲き初むるを最も早きものとす。四月三日の神武天皇祭には上野の花咲き揃ふを例とす。上野の桜は展望の自在を欠き、朝日に夕日に光線の微妙なる配合を見る能はざるを憾とす。  上野に次で...

強者弱者(80)

中日  二十二日 春季皇霊祭、彼岸の中日にて六阿弥陀に詣づるもの多し。田端近郊は近年著しく開けたれば、往昔の野趣今は見る可からず。紅塵堆裡の市人が三々五々うちつれて偶歩を郊外に運び、武蔵野の自然に江戸特有の俳趣味を鼓吹せられたる時代は既に過...

強者弱者(79)

西新井  二十一日 御影供とて弘法大師入寂の日なるがため、高野山を始め、真言宗の寺院賑ふ。近郊に川崎、西新井の大師あり。川崎は年と共に俗化したれども、西新井には尚ほ野趣の掬すべきものあり。汽車の便もあれど、南千住より荒川に沿ひ歩して菜園麦圃...

強者弱者(78)

雁去燕来  大川の水日毎にゆるみて、煤煙に霞む深川のあなた、鷗の飛ぶ日、春の光のどかなり。  十九日 彼岸の入り、雁去り、燕来る。春深き湖のほとり、ひとり群を離れてかける雁の姿を見たる時、秋深きあしたの空、ひとり旅路にまどひた...

強者弱者(77)

白菫  素人の見る白菫にも二種あり。蔓となりてはびこるものは花米粒より小さくして数多し。本郷、小石川、牛込の場末、至る所に之を見る可し。花の大さ普通の菫に等しきものは其数極めて稀にして蔓によりて繁殖することなし。  菫の実生を見るに、其年は...