カテゴリー: 白柳秀湖

強者弱者(16)

機動演習  陰晴定まらず。郊外の旗亭柹の紅葉美はしきに、紺の暖簾の鮮やかに映えたるもよく、十二三ばかりの少年の甲斐甲斐しく軽装して弁当の菜など求むるさまも悪からず。  二十六日、伊藤公の忌日。大森谷垂の墓前、参詣者跡を絶たず。...

強者弱者(15)

国賓来る  桜葉落ち尽して、江東人稀なり。公設美術展覧会の出品、世の批評に上る。  日光に初雪あり。国賓を迎ふる季節なり。交際社会頓に色めく。  上野の公園竹の台のほとり、紅白の幔幕うちめぐらして、萬国々旗の色華やかなるに似ず。隊楽の響静か...

強者弱者(14)

べッタラ市  十九日、べッタラ市。日本橋大伝馬町を中心として、夜は戸毎の高張提灯。江戸時代のイルミネーションなど思ふもをかし。左右田銀行の角より小伝馬町の角に至る間は車馬通行禁止、品よき島田髷、ハイカラも悪からず。たまたま結わたの艶なるをも...

強者弱者(13)

紅葉狩  十七日、神嘗祭。此ほど、官設の各停車場に回遊列車の如才なき広告を見る。紅葉の名所を描き出したるカード、儀容いかめしき役人の手の内とも覚えず。季に入りて雛妓、皆『紅葉の橋』といふをかなづ。雨さむし。更闌けたり。同じ子の『潮来出洲』は...

強者弱者(12)

猟期  十五日 猟期に入る。これより後、本郷富士前町、片町、動坂町、千駄木林町辺の人は東、武総の境に鳴り渡るあわただしき銃声に驚き覚めて、坐らに空の晴れたるを知るべし。暦日無き労働者の此音に暁の夢を破られて、今日は日曜ぞと力なげにつぶやくも...

強者弱者(11)

夜会  東海道、諸川、出水の警報頻々として至る。京浜各地、近年諸般の工事年と共に進み、豪雨至る毎に懸崖崩壊して人畜の害少からず。  夜会の季節なり。帝国ホテルの舞踏室更闌け人静まりて後、歓楽の声調鳴りやまず。凄愴なる野分の暗をよそにして、佐...

強者弱者(10)

団扇太鼓  十二日、池上本門寺の御会式、晴れたる夜のさまはいふも更なり。雨風おどろおどろしきに芝、麻布、京橋、赤坂、郊外にては渋谷、目黒、品川、碑衾など、雨中に勇ましき団扇太鼓の音を聴く。祖師が一代の悪戦苦闘、天下の権威に反抗したる革命的精...

強者弱者(9)

低気圧  低気圧を戒むる声、新聞紙上に喧し。低気圧は多く南洋諸島に起り台湾、九州を経て本土を襲ひ、或は日本海に出で、或は三陸より再び太平洋に去る。此頃東海道に雨多く汽車の往来を絶ち、電話の交通を遮ること毎年其例なり。野分やみて市内出水の報頻...

強者弱者(8)

飛行日和、野球日和  秋晴の空に、飛行機の試乗をなすものあり。歳時記に所謂秋晴、小春などの季節と相俟ちて、そが詩歌、俳諧の題材となるも近きうちにありぬべし。  野球日和。近年屡外来の選手と、わが選手との国際的遊戯早稲田、慶應のグラウンドに催...

強者弱者(7)

粟飯  快晴。市内の各小学校、郊外に遠足を試むるもの多し。目黒の不動、中野の薬師など、栗めしの名所。近年客足にはかに多し。江東の水害、亀戸の萩寺、向島百花園のすさびたるに加へて山手電車の開通したる為か。  五日、水天宮の縁日。街頭の柳黄ばみ...

強者弱者(6)

朝顔の花、漸く小し  街頭、漸く夏帽子の数を減じ、唐物屋の店頭冬帽子の売行、甚だ盛んなるを見る。銀座の大徳など若き紳士の連れ立ちて其品評に余念なきを見る。  歌舞伎座、市村座、東京座、明治座、本郷座、新富座、など何れも競うて十月興行の外題、...

強者弱者(5)

秋雨  雨霏々として肌寒し。日脚漸く短きに通勤者の帰宅を急ぐもの、黄昏の巷に潮の漲るが如く、官庁、工場の前など、傘影相接して電車は皆満員。  文藝雑誌其他の秋期増刊号皆新聞紙に其広告を競う。本郷、神田、牛込は東京の書生部屋なり、不生産者の世...