カテゴリー: 白柳秀湖

強者弱者(136)

赤坂、麻布  或好事家のいへることあり。電車に乗りて眼を楽しましめんとせば、銀座四丁目より青山行に乗る可し。美人にもあれ醜婦にもあれ、扮装の華美なる他線に類を見ずと。斯言蓋し眞なり。果然、麻布赤坂は山の手に於ける奢侈の中心地なり。     ...

強者弱者(135)

四萬六千日  九日、四萬六千日にて浅草観音賑はふ。此日一日参詣すれば四萬六千日の信心に値すといふ。市に千成鬼灯を売る。何の意味なるかを知らず。唐人髷の人銀杏返しの人、争ひて火影に数の多きを選ぶさま艶なり。山の手に駒込の大観音あり。千駄木の辻...

強者弱者(134)

七夕  東京にてはすべて陰暦の行事を陽暦にて行ふ。七夕祭の如きは其滑稽なるものの一なり。七月七日七夕の祭といへど空に星なく梅雨淫々として霽れざること多し。七夕はもと織女星の祭にて、織機を始め女子の手工の巧みならんことを祈るの意にて庭前に竹を...

強者弱者(133)

電車の客  ダリヤの花咲き初む。  暑気漸くにして厳しく、人皆白地の単衣を着る。電車に乗る人、風を慕ひて運転台の方にのみ押し寄せ、車掌の制するを聴かず、日に向へる窓を厭ひて互に席を争ふ。辛うじて日蔭の席を占めたるが電車の回転と共にまた狼狽し...

強者弱者(132)

半期の賞与  三十日、大祓、半期決算、各官庁及銀行会社にては、此月末より、翌月の十日頃迄に賞与を分つを例とす。下級官吏、下級社員の中には半期々々の賞与をあてに借金するものあり。つづまやかなる女房を持ちたる人は、半期々々の賞与つもりて不時の貯...

強者弱者(131)

行々子  蘆のしげみによしきり鳴くこと頻りなり。角組む若芽の風情はやゝ後れたれども東郊の散策は今に尽きたり。一夕、柴又のほとりより、江戸川に沿ひて市川に下るとせんか、天遠く地遥かにして夕陽赭く、一帯の青蘆、白帆の影をとどめて、涼風自ら袂に満...

強者弱者(130)

薊の花、露草  野にありては夏草のしげみに、交る薊の花あざやかなり。薊に二種あり。鬼薊といふは花も葉も大きく刺あり。鞭にて打てば茎より乳を生ず。更にナップ・ウィードと称するもの春の暮に咲く。花も葉も鬼薊に比して小さく刺なし。又茎に乳を含まず...

強者弱者(129)

薔薇  薔薇花咲く。舶来の異種とりどりに作り出でたるは更なり。生ふるが儘にまかせたるが、墻を越えて爛漫と咲き出でたる、花小さくひなびたれども道行く人の眼を惹きて、却々に捨て難し。物思ふ夕を高きに登り立つ愁人の裾にまとひて野薔薇の白く咲きたる...

強者弱者(128)

紫陽花  紫陽花の花咲く、春の花としては強く盛夏の花としては弱く、情調最も初夏の花にかなへり。楓の若葉涼しき縁に紫陽花の色を眺め、新茶の香ゆかしきを味うて初めて夏の思ひあり。箱根、天城などの谷に野生の紫陽花を見る可し。ひなびたれども自らなる...

強者弱者(127)

夏至  二十二日夏至、昼最も長く、夜最も短し、未だ宵と思う間に夜を更し、終電車に乗り遅れたる人の、歩して場末の家に帰る途すがら、新聞配達または、牛乳配達に行きあひて東のしらみたるを知りたるもをかし。此頃北寒帯に夜なく、南寒帯に昼なし。   ...

強者弱者(126)

夏場所  大角力夏場所、各新聞紙例によりて趣味の専制政治を行ふ。生まれて未だ角力といふものを見たることなきものさへ、勝負を口にせずして此十日を過すことなかなかに難し。うるさき世なりけり。           ********** 角力を「趣...

強者弱者(125)

麦苅る頃  淡竹、眞竹などの筍市に上る。  麦秋、麦の黄ばみたる野の末に、青葉の森の茫蒼として暮れ行くを見たるはうれし。半ば刈り収められたる畑の面に藁たく烟のたゆたひて、夜の靄と連りたる更によし。そら豆、じゃが芋の花など鄙びたれども風情あり...